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浅田真央出典:http://kurisurf.info

今回は、「浅田真央さんの父親」や現在は亡くなってしまった「母親」について見ていきます。

真央さんの「父親」は、職業が「元ホスト」であったり、「逮捕歴」もあったりと、かなり「スキャンダラス」な人。

そして、真央さんの「母親」といえば、幼い浅田姉妹がフィギュアスケートの練習をしている所を、「いつも近くで応援していた姿」が印象的でしたが、2011年に、この世を去っています。

リンクの上では、とびっきりの「笑顔」を見せてくれていた真央さんですが、その裏では、かなり「過酷なこと」を経験していたのですね。

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浅田真央の父親の職業はホスト?逮捕歴とは?

それではまず、真央さんの「父親」について見ていきます。

真央さんの父親は、名前が「敏治さん」

敏治さんは、元々、名古屋で「ホスト」として働いていました。

かなりの「売れっ子ホスト」だったそうです。

何でも敏治さんは、幼いころに「父親を亡くしてしまった」ことで、家計に苦しみ、若い頃から「水商売」などで生計を立てていたということ。

そして、ホストとして成功した敏治さんは、自身の「お店」を構えるまでになります。

この頃、年商にして「1億円以上」になる、お店の「オーナー」となった敏治さん。

その後、妻となった「匡子さん」との間に、舞さんと真央さんという「2人の娘」を授かります。

匡子さんは、2人の娘に、自身の夢でもあった「クラシックバレエ」を小さい頃から習わせましたが、その為には「足首を鍛える練習」が必要だったとして、「フィギュアスケート」もさせることに。

すると、真央さんは、「小学校3年生」にして、フィギュアスケートで、「全日本新人発掘合宿」に招集されるなど、頭角を現し出します。

敏治さんと匡子さんは、真央さんの才能に答えるべく、「フィギュアスケート中心の生活」を送るようになりますが、御存知の通り、フィギュアスケートは「お金がかかる」スポーツ。

コーチへの指導料や、衣装代、シューズ代、遠征代、有名クラブへの登録料など、その費用は、年間で見ると、「大手企業の会社員の年収」でも追いつかないくらいだと言います。

しかも、真央さんだけではなく、姉である舞さんもいましたからね。

いくら敏治さんの仕事である「ホスト業」が順調であっても、家計的には決して楽ではなかったでしょう。

事実、真央さんの「GPファイナル優勝」が、後1年遅かったら、浅田家は「破産」していたのでは、とも言われているようです。

幼かった真央さんが、この現実をどこまで理解していたのかは分かりませんが、フィギュアスケートの世界って大変ですね。

敏治さんは、真央さんがフィギュアスケートで有名になって行き始めた頃、ホスト業界からは、離れたようです。

この時、敏治さんは「40歳」だったとか。

その理由は、やはり真央さんが注目されて行った時に、自身の職業のことで、「アレコレと言われること」を避けたのだと思います。

それに、真央さんの人気はあっという間に「全国区」になり、CMのなどにも出演するようになっていったので、「お金には困らなくもなった」のでしょう。

次に、敏治さんの「逮捕歴」とは一体どういうことなのでしょうか?

真央さんの父親である敏治さんが、交際相手の「50代女性に暴行を振るった」として逮捕されたという記事が「週刊新潮」から出ます。

記事によると、敏治さんが逮捕されたのは、「2015年の5月」だということ。

しかも、敏治さんが逮捕されたのは、この時が初めてでは無かったそうで、元々、「血の気の多いタイプ」だったようです。

ちなみに、妻である匡子さんとは、彼女が亡くなる前から、「別居状態」だったようで、夫婦関係としては既に「破綻」していたと言います。

あまり敏治さんの事が大きく報道されないのは、やはりメディア側も、「真央さんのイメージを壊さないようにしたい」という思いがあるからなのではないでしょうか。

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浅田真央の現在は亡くなってる母親の死因は酒?

真央さんの母親である「匡子さん」

匡子さんも、幼いころに「両親を亡くしています」。

敏治さんといい、匡子さんも、若い頃から「苦労」を重ねてきたのですね。

浅田姉妹がフィギュアスケートの練習を行っている時に、「熱心に彼女たちを見つめる姿」が、よくテレビに映っていました。

「浅田真央の母親で匡子さんの画像」

「浅田真央の母親で匡子さんの画像」

「浅田真央の母親で匡子さんの画像」

「浅田真央の母親で匡子さんの画像」

夫である敏治さんとは、「別居状態」が続いていたと言いますし、匡子さんにとって、舞さん、真央さんの2人がフィギュアスケートで頑張っていることが、本当に「生きがい」になっていたのでしょうね。

そんな匡子さんが、「48歳」という若さでこの世を去ったのが、「2011年」の事。

その死因は「肝硬変」だと言われています。

肝硬変は、末期になると、最終的には「肝臓移植」しか助かる道はないということで、匡子さんが亡くなった後、あるメディアが明かした話によると、舞さんが「肝臓移植」に合意をしていたのですが、匡子さんがそれを「拒否した」という説があるようです。

まだ若い娘の将来のことを考えての選択だったのか、事実だったとしたら、何とも切ない話です。

「肝硬変」の原因の1つとして上げられるのが、「お酒」

匡子さんは、若い頃に「ホステス」として働いていたという話もあります。

この時に大量に飲んでいたお酒が蓄積され、肝臓に「ダメージが残っていた」のかもしれません。

という訳で、今回は「浅田真央さんの両親について」見てきました。

色々と調べていく内に、かなり「苦しい事」や、何とも言えない「過去」があり、「悲しい気持ち」にもなりましたが、今の真央さん、そして舞さんの活躍を見ていると、本当に「素晴らしい娘」を2人も育てたんだな、と思います。

最後までご覧になって下さって、どうもありがとうございます!

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