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瀬戸内寂聴出典:http://jakucho-setouchi.mato.media

今年で「96歳」になられる「瀬戸内寂聴さん」

型破りな「尼僧さん」は、まだまだ元気です!

そんな瀬戸内寂聴さんに「子供」はいるのか?

ちょっと気になったので調べてみました!

すると、若い頃に「娘」を授かったそうですが、その子供を手放しているという噂も。

一体どういうことなのでしょうか?

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瀬戸内寂聴は娘と現在は?不倫で子供と元夫をポイ?

瀬戸内寂聴さんは、大学生の時に「お見合い結婚」をしています。

1943年のことで、寂聴さんが大学3年生、「21歳」の時。

随分若い時に「結婚」されていたのですね!

寂聴さんの夫となったのは、「中国古代音楽史」を研究する学者さんでした。

そのため、寂聴さんは結婚後すぐに「北京」へと渡っています。

結婚から「1年後」に北京で「長女」を出産した寂聴さん。

太平洋戦争が終わると、日本に帰国し、寂聴さんの地元である「徳島県」で、夫、長女の3人で暮らすように。

が、しか~し、ここでとんでもない「事件」が!

なんと、寂聴さんは、夫の教え子でもあった若い男性と「不倫関係」に。

寂聴さんは、罪の意識に耐えきれず、自分の口から夫に不貞好意を告白しますが、夫は「激怒」

その後、寂聴さんの夫は、不倫相手と寂聴さんが会えなくなるようにと、一家で「東京」に移り住みます。

しかし情熱の女、寂聴さんは、不倫相手の男性が忘れられずに、夫と娘を置いて「京都」へ。

男性と一緒に暮らすためだったのでしょう。

この時、娘はまだ「3歳」

寂聴さんは、自身の父親にも、この件が原因で「父娘の縁を切られた」そうです。

時代的にも、幼い子供が居ながらの女性の「不倫」なんて許されなかったでしょうからね。

3歳の時に寂聴さんに「捨てられてしまうような形」になってしまった娘さん。

当然のように、長い間、寂聴さんと娘さんは「絶縁状態」に。

こんな小さい時に離れ離れになっていたら、「母娘の思い出」というのもあまりないでしょうしね。

寂聴さんと娘さんが再会し、「和解」したのは、寂聴さんが「出家」してから数年が経ってからだということ。

娘さん、よく許すことが出来ましたね^^;

自身も大人の女性となったことで、「一女性同士」として、寂聴さんと向き合うことが出来たのか?

それとも、元々、寂聴さんに対しての思い入れがそんなに無かったからこそ、「冷静」に対応出来たのか?

いずれにせよ、2人がまた顔を合わせ、「和解」出来たというのは凄いことだと思います。

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瀬戸内寂聴の若い頃の画像!

「瀬戸内寂聴の若い頃の画像」

寂聴さんと娘さんのことを調べるために、寂聴さんの「若い頃」のエピソードを色々と見ていると、更に凄い話がありました。

まだ幼い娘と夫を「東京」に残し「京都」に渡り、別の男性と暮らし始めた寂聴さん。

が、しかし、寂聴さん、今度は「妻子持ちの別の男性」に惹かれてしまい「不倫関係」になってしまったそうです。

寂聴さん、結構「ヤバイ人」ですね^^;

若い頃の画像もチェックしましたが、写真からは想像もつかないほどの性欲。

一時は、一緒に暮らす男性、妻子ある男性との「三角関係」が続いていたという寂聴さん。

そんな寂聴さんは、後に「こんな言葉」を残しています。

「本当のね、恋の醍醐味は不倫ですよ。」

寂聴さんしか言えないですね^^;

また座右の銘は、「生きることは愛すること」

これらの言葉は、自身のこれまでの「経験」から来るものだったのでしょう。

という訳で今回は「瀬戸内寂聴さんと娘」について見てきました。

最後までご覧になって下さって、どうもありがとうございます!

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