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稲田出典:http://discoveryof.com

遂に稲田防衛大臣が辞任しました。

「なぜこのタイミングで?」という声や、「遅すぎるくらいだ!」という声、様々な反応が出ています。

稲田氏の辞任の最終的な引き金となったのは、「陸上自衛隊の日報問題」。

これまでも度重なる失言をしてきた稲田氏ですので、合わせ技で一本で失脚って感じでしょうか。

それでは、まず、稲田氏の防衛大臣としての息の根を止めた「陸上自衛隊の日報問題」について、見ていきます。

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稲田防衛大臣の辞任理由を分かりやすく!

稲田氏の防衛大臣辞任の理由は、「これまでの失言」ではなく、「南スーダンPKOの日報問題」でした。

この問題の責任を取る形で辞任を表明した稲田氏。

まずは、陸上自衛隊の南スーダンPKO活動における「日報問題」を、簡単にまとめていきます。

PKO活動の為、南スーダンに派遣されていた陸上自衛隊。

その時の「日報の資料」を、当初は「破棄」していたと主張していました。

しかし、実際の所、日報の資料は、陸上自衛隊の内部に電子データとして保管されていたことが判明。

この事実を「隠蔽」していたというのが、一連の流れです。

それでは、この日報に記録されていた内容とは何か、というと、現地での陸上自衛隊の活動内容。

これは勿論、国家的に重要な資料となるものですので、その取扱には細心の注意が必要となります。

ところが、最初は「破棄した」と言っていたものが、実は電子データ化され残っていたことを追求され、その際に、防衛大臣である稲田氏と、陸上自衛隊側の「言った言わない」「見せた見せない」、更には、「記憶が曖昧」など、国家の大事な文書を管理しているとは、到底思えないような、ゴタゴタがありました。

そこから、稲田氏の管理力や、統率力という様々な能力に対する疑問の声、そもそも現場からの信頼を全く得られていないのではないか、疑念も噴出した格好です。

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稲田防衛大臣が辞任!なぜ今?文春も原因か?

今回の稲田氏の防衛大臣辞任ですが、直接的な引き金は「日報問題」だったものの、それは1つの要素に過ぎなくて、色々な要素が絡み合った結果だというのは、傍から見ていても感じます。

勿論、これまでの「失言の数々」も、その理由の1つでしょう。

更にもう1つ考えられるのが、27日に刊行された「週刊文春」の告発。

その中には「稲田朋美の本性」という記事が掲載されていて、稲田氏の周辺関係者に取材を行い、「防衛大臣としての資質」を問うような内容になっています。

この記事の内容も、「稲田おろし」に一役買っているのではと思いましたので、簡単にまとめていきます。

「稲田氏の辞任は文春が原因①」

稲田氏が、防衛大臣に就任した直後。

米軍海軍基地を視察した彼女の足元は「ヒール靴」でした。

これに対してメディアから批判を受けると、「みんな私に嫉妬しているのよ」と、ある記者にこぼしていたということ。

「稲田氏の辞任は文春が原因②」

2017年2月4日、アメリカのマティス国防長官と、初会談を行った稲田氏。

これに先立って、その前に日本時間の早朝に合わせて、電話会談を行う調整が進んでいたそうなのですが、稲田氏がこれを拒否。

その理由が「朝が早いからイヤや。化粧かて時間がかかるのに。」というもの。

結局、電話会談は行われませんでした。

そして、初会談の時には、カンペを読み上げ、バレンタインデーが近かったこともあり、マティス氏に、自らの写真とチロルチョコをプレゼント。

マティス氏は、この対応に不快感を示していたということ。

「稲田氏の辞任は文春が原因③」

元々、稲田氏が内閣入りしたのは、「安倍首相のお気に入りだったから」だと言われていました。

12年前に、自民党の若手議員の勉強会で講師として、教壇に立っていた稲田氏。

その時の「弁舌」に、安倍首相が惚れ込み、見込まれたからこそ、総理の秘蔵っ子なんて言われ、スピード出世を果たしてきました。

また以前、公務員制度改革を巡り、官僚と揉めた時のこと。

稲田氏は、杉田和博官房副長官から一喝されると、総理執務室に涙を浮かべながら駆け込んだこともあったとか。

「稲田氏の辞任は文春が原因④」

ここからは、「防衛官僚の覆面座談会」と称されて、明かされている「稲田氏の素顔」についてです。
  • 一連の日報問題の「判断ミス」をキッカケに、防衛省内では稲田氏のことを「姫」と呼ぶようになった
  • ある幹部が、ASEAN防衛相会議の際に、服装の指定(地味な格好)をした所、服装の指図はされたくないと怒られた
稲田氏に対しての感想として、これまで過去25年、30人以上の大臣に仕えてきたベテラン官僚は、「史上最低の大臣」とまでこき下ろし、この1年を振り返り「嵐のような1年」だったと締めくくっています。

「まとめ」

これまでの「失言」から、今回の「日報問題」、そして時を同じくして発射された「文春砲」。

文春の記事に関しては、関係者の話が、どこまで真実なのかは分かりませんし、稲田氏の発言は、ごくごく近い人物に対して放った、冗談である可能性も、勿論あります。

ただ、これまでの事もあるし、この特集が組まれた文春が発売されることで、稲田氏に対する非難の声は、更に高まっていったと思います。

先日の「東京都議会選挙」での惨敗から、安倍内閣の「支持率の低下」が叫ばれている今、稲田氏としても、これだけの集中砲火を浴びてしまったら、さすがに、このまま「内閣改造まで居座ること」は出来なかったのでしょう。

 

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