引用元:https://twitter.com
漫画家の「モンキーパンチさん(本名:加藤一彦)」が、2019年4月11日に「誤嚥(ごえん)性肺炎」の為「81歳」で亡くなっていたことが分かりました。大人気アニメ「ルパン三世」の生みの親として知られるモンキーパンチさん。
「漫画アクション」で「ルパン三世」の連載が始まったのは「1967年」のことです。
今から「50年以上」も前なんですね。
ルパン、次元大介、石川五エ門、峰不二子、銭形警部といった「魅力的なキャラクター」は、世代を超え、広く愛されてきました。
また、映画「カリオストロの城」は、スタジオジブリの宮崎駿監督が手掛けたことでも大きな話題となりましたね。
今回は、そんな日本アニメ界の巨匠「モンキーパンチさん」の、これまであまり語られることのなかった「子供」について調べていきたいと思います。
モンキーパンチの子供は本名から加藤州平と判明で職業は会社社長?
基本的に「漫画家」というのは、あまり「プライベート」なことは公表していない方が多いです。モンキーパンチさんも、やはり「私生活」については、ほとんど語ってきませんでした。
そんなモンキーパンチさんの「本名」は「加藤一彦」。
この「加藤一彦」という名前が、モンキーパンチさんの「子供」を調べていく上で「大きなヒント」になりました。
先日の『ルパン三世 血の刻印〜』で原作プロデューサーの名前が加藤という事でちょっと気になって調べてみると、実は原作者モンキー・パンチ氏の息子(次男)さんだという事が分かった。ちなみにモンキー氏の性が加藤である。
— 黒咲さん! (@rider_kurosaki) December 4, 2011
こちらのツイートを見てみると、モンキーパンチさんの「子供」について触れられています。
「息子(次男)」
つまり、モンキーパンチさんには、最低でも「息子が2人」は、いることになります。
そして気になるのが「ルパン三世 血の刻印~永遠のMermaid~」の「原作プロデューサー」を務めていたということ。
「ルパン三世 血の刻印~永遠のMermaid~」は、モンキーパンチさん原作のアニメ「ルパン三世」の「TVスペシャルシリーズ」の「第22作目」となり「アニメ化40周年」を記念して作られた作品です。
この作品の「原作プロデューサー」の名前を見てみると「加藤州平さん」とあります。
モンキーパンチさんの本名は「加藤一彦」。
「同じ名字」ですね。
加藤州平さんについて、更に調べていくと「株式会社MP(エム・ピー)ワークス」の「代表取締役社長」を務めている事もわかりました。
「株式会社MPワークス」は、モンキーパンチさんが代表を務めている「株式会社MP(エム・ピー)ピクチャーズ」の関連会社で「ルパン三世」の各作品の「プロデュース」や「企画」に携わっています。
「手塚治虫さん」などもそうですが、有名漫画家は、自分の作品の権利などを「身内」に任せる方が多いです。
きっと、モンキーパンチさんも、自分が亡くなった後も、安心して「ルパン三世」が「後世」に残るようにと、信頼のできる「息子」を頼ろうとしていたのかもしれません。
モンキーパンチの息子の加藤州平の顔画像は?
「モンキーパンチと息子の顔画像は?」
ルパン三世の作者☆モンキーパンチさんの息子さんが、六本木『PAL's BOX』に来てくれましたので…ハッポゥくんの作った作品と一緒に3人でパシャリ♪v(*'-^*)^☆ pic.twitter.com/B9AZcbFc54
— 葉月パル (@hazuki_pal) June 22, 2015
こちらのツイートでは、モンキーパンチさんの「息子」と一緒に「写真」を撮ったとあります。
この息子さんが「次男」の「加藤州平さん」かは分かりませんが、モンキーパンチさんの画像と、顔を比べてみましょう!
モンキー・パンチさん死去 「ルパン三世」の漫画家 浜中町出身https://t.co/PUVX2rreqW pic.twitter.com/l3pNckkEDP
— 北海道新聞 (@doshinweb) April 17, 2019
正直、似ているのかどうかは分かりませんね…。
「モンキーパンチの嫁はどんな人?」
次に、モンキーパンチさんの「妻」についても少し調べていきます。子供の時と同じ様に、モンキーパンチさんは「結婚」について触れることも、やはり、あまりありませんでした。
そこで少ない情報をまとめていきます。
モンキーパンチさんが「結婚」をしたのは「1967年」自身が「29歳」の時でした。
あれ「1967年」というと「ルパン三世」の連載が「漫画アクション」で始まった年。
ということは、ルパン三世の「連載開始」と時を同じくして、モンキーパンチさんは「結婚」されたことになります。
まさに「ルパン三世」と共に「結婚生活」も歩んでこられたモンキーパンチさんと妻。
モンキーパンチさんの妻は「創作活動」に励む夫を、陰でずっと支えてこられたのですね。
なんか素敵です。
こんなモンキーパンチさんの「インタビュー」も見つけました。
―今年の7月25日でルパン誕生50周年になるのですが、振り返ってみてどう思われますか?
モンキー・パンチ先生(以下、モンキー):もうそんなになるんだよね。長いようですが短かったですね。実は今年はボクの結婚50周年の金婚式でもあるんだよね。
―おめでとうございます。
モンキー:それで思い出すんだけど、連載が始まった年の9月に結婚するから、新婚旅行の計画を立てていたんですよ。そんなとき清水さん(清水文人:当時の週刊漫画アクション編集長)から「お前、新婚旅行に行くのか?」って言われたから「行きたいんです」って答えたら「時間なんてねぇぞ!」って(笑)。その当時、ルパンの連載が忙しかった時期でもあり、恩人である清水さんに言われたら仕方ない部分もあったので、一度は諦めたんです。でも、飛行機のチケットも予約してたので、清水さんには内緒で行くことにしたんだよ。
―強行することにしたんですね。
モンキー:そう。予定では、結婚式のあとそのまま空港へ向かい、北海道に行くつもりだったんだけど、式のあと少し清水さんと話していたら、式場の人が来て「羽田までの車を用意できました」って清水さんの前で言っちゃったんだよ(笑)。そしたら清水さん「何だよお前、どういうことだ! 原稿は大丈夫なのか? 行くなよ!」って怒鳴られましたけど、何とか言いくるめて行かせてもらったんです。
―原稿は大丈夫だったんですか?
モンキー:それは大丈夫、旅行も二泊三日だったので、そんな無理なスケジュールでもなかったからね。でも清水さんにバレたときは「失敗したなぁ! 何でこのタイミングで言いに来るんだよ!」ってちょっと係の人を恨みましたね(笑)。
――新婚旅行まで妨害しようとする編集者もすごいですよね。
モンキー:清水さんとは付き合いが長かったからね。清水さん以外の編集者に言われたら腹が立ちますけど、清水さんとは特別な仲だったからね。清水さんは、ボクの画に対しては、最後までホント何も言わなかったからね。ただペンが遅いとだけは言われたなぁ(笑)。ボクの場合、早く描くのが中々できなかったですね。早くやればできないわけじゃないけど、ギリギリまでやらなかったからね。
引用元:WEB コミックアクション
「新婚旅行」まで「阻止」しようとしてくるなんて^^;
今ならちょっとした問題になりそうです…。
それでも強引に新婚旅行に行ってしまう、なんかオチャメなモンキーパンチさんでした!
というわけで今回は「モンキーパンチの子供は本名から加藤州平と判明で職業は会社社長?」について見てきました。
最後になりましたが「モンキーパンチさんのご冥福をお祈りします」。